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2015年11月7日土曜日

投稿日 2015年11月7日土曜日

読みかじり - はじめて哲学する本 単行本 – 2010/7/17 藤原 和博


はじめて哲学する本 単行本 – 2010/7/17



P62

ところで、キミがもし小中学校に通っているなら、自分ひとりに学校教育費がいくらかかっていると思う?

「公立の学校だったらタダじゃない?」」って?」

とんでもない。
公立私立を問わず、ひとりに年間100万円のお金がかかっている。

公立では、そのお金が親が国や自治体に納めている税金から支払われているから気づかないだけだ。(8割程度が教員の人件費、私立にも補助金で税金が入っている)。」

どんな学校でも年間の授業のコマ数(時間割の総計)は1000コマ前後だから、100万円を1000コマで割ったら、1コマの授業は一人1000円かかっている計算になる。

とすると、
学校で今終わった「算数」や「数学」の授業に、キミは1000円を払う価値があると考えるかどうか。

中学生であれば、映画を鑑賞する料金もちょうど1000円。映画も当たり外れがあると思うけど、キミの担任の先生の授業はその1000円を超えられるだろうか?

本当は、その価値がないと思ったら先生に文句を言わなきゃいけない。


p96

信頼とクレジットについて

どうして勉強しなければいけないの?

結論から言おう。

キミが勉強する理由は。「クレジット」を積み上げるためだ。


クレジットは
キミが他人から受け取る「信任」の総量のことだ。
キミが、どれだけ人々から信用され、共感を得ているかの指標だ。

例えば、
学級委員の選挙があったとしよう。生徒会長でもいい。
仮にキミ自身が立候補したとして、なん票入るだろう?
その票数が、まさに選挙における「信任の総量」だ。

そして、キミは、勉強することで「クレジット」を蓄積する。

勉強というのは、「クレジット」を増量していくゲームなんだ。

さらに言えば、
「クレジット」というのは、TVゲームのロールプレイング・ゲームなどで積み上げていく「経験値」のようなものだと思っていいだろう。
新しい武器をゲットするにも、敵を倒すにも、「経験値」を積まないと話にならない。秘密の言葉を賢人から聞き出したりして、戦いながら何層ものレベルをクリアしないと、姫を助けることもままならない。

同じように、キミは勉強することで「経験値」を増量し「クレジット(信任)」を高める。
見えない貯金通帳に「クレジット」という通貨を貯めていくわけだ。


では、いったい、「クレジット」をたくさん貯金すると、どんないいことがあるんだろう?

一言で言えば、キミが「クレジット」を積み上げると、「あらゆる夢が実現しやすくなる」。

つまり、「クレジット」を積み上げることが、豊かな人生を実現する王道なんだ。


P172
神さまはなぜみんなを助けてくれないの?

さて、そろそろボクの考え方を述べよう。

「神」はいないかもしれない。
でも、「神はいる」と考えた方が生きやすい。

とりわけ、不幸にも、無残で悲しい現実や、想像を絶する世のかなの不条理に接したとき、ボクたちには「理由」が必要になる。なにか「言い訳」が欲しいからだ。
「神さまがそう思し召した」「神さまのもとに召された」。。。そう思いたい。
これも、人間の知恵なのだと思う。

人間は、なにものか、感謝と畏れの対象があるほうが生きやすい。
だから、人間の深い知恵が「神さま」を創り出した。

ということは、
やっぱり「信じるものは救われる」というのは事実なのである。



p185

人を見るときには
「木(その人の人物の才能と資質)よりも森(その人物の属するコミニュティ)を観よ」


p186
なんでも、マスターとなるには1万時間の練習が不可欠なのだそうだ。

逆に1万時間の練習を経れば、誰でも天才になれる?!

例えば、
モーツァルトは6歳から作曲をはじめたが、はじめはほかの作曲家のパクリで駄作も多く、明らかに父親の手が入ったもののよだった。
傑作を世に送り出すまでに20年かかったというから、実は遅咲きだったも言えるんだ。
なんと、あのモーツァルトの作品も1万時間の練習の賜物だったってこと。

なぜ、コンピュータ界の天才児が1955年前後に集中して生まれたか?
(ビル・ゲイツ、ポール・アレン、スティーブ・バルマー、スティーブ・ジョブズほか)

共通点は、みな、そこに偶然「練習量が圧倒的に多くなる環境」があったとういうこと。
彼らの思春期とチップやパソコンの黎明期が重なっていたので、初期のプログラミンにのめり込んだ。これも、1万時間の練習量の成果だったのだ。

「1万時間の法則」は人間の可能性に限りない自信を与えてくれるすばらしい発見。

●仮に1日3時間で1年に1000時間取り組めば、1万時間は10年後にやってくる。
1日1時間半でも20年後には天才の領域だ。

じっさい、日本語や英語など、言語のマスターには、それぞれの言語圏に属する子供が2-3000時間かけているいう学説もあるから、1年で全く知らない言葉を話せるようになる可能性もあるはずだ。
3年かければばっちりだろう。